アーティスト特集 第2弾 ドリーム・シアター

第八回

ドリームシアター『TRAIN OF THOUGHT



2002年の『SIX DEGREES OF INNER TURBULENCE』をリリースした次の年に加えて半年を、ドリームシアターは再びワールドツアーに向かう。そこでは、よく知られた、彼らがピックアップした他のアーティストのアルバムを全てカバーするというショウも含まれた。この時は、アイアンメイデンの『ナンバー・オブ・ザ・ビースト(THE NUMBER OF THE BEAST)』とメタリカの『マスター・オブ・パペッツ(MASTER OF PUPPETS)』を全てカバーしたライブが行われた。

また夏には、約6週間をQUEENSRYCHEとのダブルヘッドライナーで全米をサーキットした。アンコールでは互いが影響を受けたPINK FLOYDTHE WHOの曲を共にセッションし、また互いの持ち歌を合同演奏した。

ラブリエ氏曰く、「いずれにせよ、ドリームシアターはツアーをやめないけど、『TRAIN OF THOUGHT』を発表していなかったらQUEENSRYCHEの付属品だったろうね。」と。

こうした一連のツアーの間、彼らは第7作目のアルバム『TRAIN OF THOUGHT』のレコーディングを行っていた。


ドリームシアターの歴史において、過去最高のヘヴィネスさを誇るアルバムである。これは、決定的なセールスであった。だが、分裂的な影響もあった。つまり、ドリームシアターに従来のプログレッシヴネスを求めていたこれまでのファンを遠ざけてしまった面である。同時に、メインストリーム・ヘヴィメタルやNU-METALのファン層も開拓する事になった。

メンバーは語る。「俺達は、いつも予想外のリスクを冒して、自由に好きな事をやるのが好きなんだ。そしてファン達も予想外の事を期待するようになってきたのさ。それは、俺達が創りたい物を創らせてくれる。何年もバンドのメンバー達は、多様なヘヴィバンドを聴いてきた。レッドツェペリン、ディープブルー、メタリカ、メガデス、スレイヤー…。一例に過ぎないが。パンテラもね。みんな俺達が好きな奴等さ。」


この次の動向として、LIVE CD/DVDの発売があった。今回は、TRAIN OF THOUGHT ワールドツアー中の日本武道館で収録されている。これはLive at Budokanとして200410月にリリースされた。


楽曲紹介

1.As I Am

サビの部分が、ツアーのためのTVCMで流れていた曲なのでご存知の方も多いだろう。ヘヴィである。サビの部分は、重厚かつ戦慄を起こさせるようなメロディである。

歌詞は、自分を完全に支配しようとするな!という内容である。自分という自我が明確にあり、主体的にあらゆる物事を対処したいという主張と解釈できる。

具体例を出だせば、学校の先生や親達は、自分達の価値観の押し付けをし、人生とはこうだから、こうしなさいああしなさいとある種の洗脳を施す。自分の人生にまで手を出そうとする。他人に決められる人生!凡庸な人生。

だから、親や周りが同意するからというものではなく、自分が自分自身の判断で信じるものを決して見失ってはいけない!というメッセージであると受け取れる。

一旦は、あなた方(例えば先生や親、周囲)を正当と思おうとした。洗脳を受け入れようとした。だがおかしい。結局は、俺は自分を信じ、あなた方を否定する…と。

ロックで身を立てようという方には特に心に響くメッセージではなかろうか?既にそれを為し得ているジョン・ペトルーチの発言には説得力があるからだ。


4.Honor Thy Father

気合の入ったドラムフィルから始まり、リズムギターとの絡みが絶妙な味わいを出す。緊張感がある。ソリッドで緊張感のあるギターの刻み、ドラムの絡みが曲全般に渡って流れている。

5分を経過すると、リズムチェンジが行われ、戦慄への階段を延々と登るが如き、リズムが続く。キーボードのリフには傾聴したい。


7.In The Name of God

非常に優れた曲だ。ギターとベースのグルーヴ感も濃厚であり、恐ろしいまでのギターソロが展開される。過去最高レベルのテクである。実に音数が多く、聴いていて気持ち良い。


歌詞のテーマとしては、神の名の下に幾多の残虐行為が行われてきた事を語る。異民族の排他、狂信への駆り立て、大量殺戮…。こうした悪魔的な内面を神という言葉で飾り立てて正当化してしまう。信仰とは、暴力に導くものなのか?との疑問を提示している。

個人的な解釈としては、神とは、信仰とは全く逆の行為ではないのか?とペトルーチ氏は主張しているのだと考える。恐らく、権力者達が自らの私利私欲を満たすために、神という言葉を道具として利用してきたのだろう。

西欧文化を理解する上で、キリスト教への理解は欠くべからざるものである。この歌詞のテーマに抵触する歴史的事実を少し提示してみたい。

魔女狩り

皆さんは恐らく、魔女狩り(魔女裁判)という言葉を聞いたことがあるだろう。中世に盛んに行われた。魔女という嫌疑をかけられた者は、裁判にかけられ、魔女と判定されれば、即拷問の処置が為された。魔女であるかどうかの判定の仕方には曰くがあった。実は、絶対に魔女であるという判断がなされる仕組みであったのである。犠牲者となったのは、魔女でも何でもない人々であり、裁判後、犠牲者の財産は没収された。

中世ばかりに目が行きがちであるが、こうした宗教絡みの事件は近年でもしばしば起きているのである。ハリー・ポッターを焚書にすべきであるという意見すらあるのである。ハリー・ポッターですらですぞ!社会には実に様々な人間がいる。皆さん、日本人であっても看過はできないですな。

御存知なかった方でも、ジョン・ペトルーチ氏の話が理解できたと思う。

余談ながら、魔女という言葉は実は男性の魔女も意味する。もう少し解説しよう。魔女はwitchからの訳語だが、実はwitchとは女性の魔女だけでなく男性のそれも意味するのである。初めに訳されたのが魔女だったため魔“女”として普及してしまったのである。


もう少し例を出してみよう。

昨今のイラクとの不和も背景には、キリスト教とイスラム教の対立がある。この諍いは多面的な対立構造をしている。コーランに基いたイスラム独特の金融構造、経済システムをどうにかコントロールしたい自由主義経済国側。(民営化という考え方は基本的に自由主義経済の考え方である)OPECによる石油の原油価格の調整もコントールしたいのが自由主義経済国の考えである。(現在原油価格の上昇が起こっているが不当に利益を上げている人間がいそうだ)お互いの社会システムは宗教に結びついているわけであり、そうした対立は顕在的・潜在的にまず存在している。


また豊臣秀吉の時代にもそうした事態があった。1549年、フランシスコ・ザビエルの来日以来、宣教師が次々とやってきた。実は、この宣教師達、日本人を教化する一方で日本人を奴隷として本国、その他に輸入していた。教化後は軍隊が送りこまれる予定だったという。それは、東南アジアや南米が次々と植民地化されていった事を考えれば、容易に首肯されよう。地獄耳であった天下人・秀吉はこれを見抜き、即退去させたが、これも神の名において非道が行われた行為と言えよう。


                               200510月 akira

   

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