アーティスト特集 第1弾 ブラック・サバス

第十回

ブラックサバス 『TYR』期



大物所帯で成功を収めた前作『ヘッドレス・クロス(HEADLESS CROSS)』に続き、今作『ティール(TYR)』においても同一メンバーでの収録がなされた。(19908月発表。UKランクTOP10

渡り鳥、コージー・パウエル(Ds)とニール・マーレイ(b)がブラック・サバスに留まり得たのは、余程居心地が良かったためであろう。コージーの渡り鳥ぶりの原因は、しばしば人間関係のトラブルに言及されている。

この作品は北欧神話がモチーフの一種のコンセプト・アルバムである。ディレイ系のエフェクターが多様され、荘厳な音造りがなされている。つまり前作に引き続く様式美の造りとなっているわけだ。神話世界を紡ぐ音として妥当な選択であろう。

北欧神話について

この作品を楽しむために北欧神話のあらましを御説明しよう。

北欧神話とは、俗にデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランドなどのゲルマン北欧人達によって残された神話をいう。極寒の地を舞台に、神々(アース神族とヴァン神族の2種類あり。敵対関係。)や巨人(神に匹敵する力を持つ)、魔物、妖精、人間、小人などが壮大なドラマを繰り広げる。

最近までヨーロッパの文化の起源は、ヘブライとギリシャの2つと目される事が多かった。

言うまでもなくヘブライとは、ユダヤ教、キリスト教の発祥であり、西洋人における聖書の重要性を強調する必要はないだろう。

ギリシャ文化のヨーロッパ文化への影響は、哲学や芸術、神秘主義などを考えてみれば自明である。例えば、クラシック音楽などは、ギリシャでは音楽・詩・演劇が一体であったものが詩と演劇の要素を省かれ、より抽象性に重点が置かれるようになったものという。源流がギリシャにあるのは周知の事実である。

だが、曜日のWEDNESDAYが北欧神話からのオーディン神、TUESDAYがこのアルバムのテーマとなったTYR(ティール神)の名前に由来する事から分かるように、北欧神話はヨーロッパの基層に根ざしている。

アルバム『TYR』の曲名に使われている名前の説明

5曲目の「ティールの戦い(THE BATTLE OF TYR)」。

ティールとは、最高神オーディンやトールに勝るとも劣らぬ軍神である。ギリシャ神話の軍神マルスとも同一視された。北欧神話の神々の最も厄介な敵の一人にフェンリル狼がいる。太陽を飲み込むほどの巨狼であった。この狼との戦いではティールは片腕を失くしている。

北欧神話におけるハルマゲドンである「ラグナロク(神々の黄昏)」では神々や巨人、魔物などが錯綜して戦い、全てが死に絶える。この際、ティールは地獄の番犬ガルムとの戦闘により相討ちとなり、果てる。

6曲目「オーディンズ・コート(ODIN'S COURT)」、7曲目「ヴァルハラの風(VALHALLA)」。

オーディンは北欧神話での最高神である。ギリシャ神話でのヘルメスと同一視された。オーディンは、ルーン文字を発明した神であり、詩人でありながら、戦を好んだ神である。呪術王でもあった。(ルーン文字はナチスの将校が訓練のために講義を受けている写真が残されている。占いが好きな方なら文字を目にした事があるかも知れない。)

ユグドラシルという北欧神話の中心に位置する巨大な樹がある。この樹の周辺に、神々、巨人、人間、妖精、魔物、小人の世界が広がっている。オーディンはこの樹の根元に湧くミーミルの泉の水を口にしたために、ありとあらゆる知識を持つに至った。

ヴァルハラ宮殿は、神々の世界アスガルドにオーディンが構えた居城である。連日戦士達による戦いが行われた。戦士達の正体は、勇壮なる討ち死にをした人間達の魂である。オーディンの加護を受けた彼等は、熊や狼のように獰猛となり、死を恐れずに敵に立ち向かうエネルギーを得た。一種の変身を遂げた彼等は「ベルセルク」「ウールフヘジン」と呼ばれた。

この最高神オーディンも「ラグナロク(神々の黄昏)」において先述のフェンリル狼に飲み込まれ、戦死する。

様式美ブラック・サバス

ブラック・サバスというバンドは、キリスト教に対峙する意味での悪魔・異端的なイメージが強かった。特にオジー時代にはそれが顕著であった。だが、エンヤに通じるようなインストゥルメンタル・ナンバーはオジー時代からも見られ、様式美が適応される素地は既に存在していた。ディオとの出会いがそれを増幅・加速させ、ケミストリーを生じさせた。その様式美はケルト神話や北欧神話というモチーフにはうまく適合していたように感じているのは筆者だけだろうか?

メタル・アーティストと文化・社会背景としてのクラシック音楽の関係

因みに、古代ギリシャの賢人は、学問や芸術、体育、神秘主義などを一つの専門に特化する事なく、満遍なく修練していたようだ。また若者は皆、厳しい鍛錬を課された。

現在でも西洋音楽や舞踏などの世界では、厳しい修業の文化・思想が残り、かつ実行されているが、既に古代ギリシャに同様の思想が確立していたものと考えられる。ギリシャに端を発し、現在にも根付く修練の文化・思想の普及。これらは本人が自覚しようがしまいが、西洋人メタル・アーティストの音楽修業にも影響を与えているだろう。数千年の歴史の重みを有する西洋音楽である。結果、作品の質にも影響を及ぼすと考えるのは妥当であろう。

筆者は、日本人と西洋人のアーティストの違いをしばしば感じる事がある。その一つに、クラシック音楽とメタルなどの垣根が日本などと較べ、非常に低いという事実がある。

例えば、ロニー・ジェイムス・ディオなどはオペラも歌える。ドリーム・シアターのジェイムズ・ラブリエもオペラの勉強をしていたりするし、美しいソプラノを聴かせてくれるナイト・ウィッシュの女性ヴォーカリストなどは、そもそもの出自がオペラだ。様式美やネオ・クラシカルなどというジャンルが既に確立されてもいる。名門ジュリアードで鍛えたドリーム・シアターのジョーダン・ルーデスなどという存在を思い出される方もいるだろう。

本格的な音楽の訓練を積んだ人間が、大衆の手に渡る形で発表する事が日本よりずっと多いのである。

また、クラシックなどに興味のないアーティストでも、学校教育や生活の中でのサブリミナル的にその影響は受けているだろう。例えば、歌唱法の上達論などがクラシック世界などからの情報のフィードバックが日本より身近なものなのではなかろうか?自然な形で学友とそうした会話がなされる事もあろう。

つまり西洋文明の音楽文化の根底には歴史の深いクラシック音楽があり、これがアーティストに意識的・無意識的に大きな影響を与える。こうした西欧と日本とでの社会的・文化的背景全体の相違は、アーティストの力量、作品の質を及ぼすと考えられる。

故に、これから音楽で名をあげようとされている方は、自らの技量の素地や音楽修業の方法論としてクラシックの研究をされたりする事も有益かと考えられる。日本における武術文化のように、クラシックは数千年の蓄積がある体系であり、研究の暁には実力の底上げが期待できる。楽曲的な面で直接的にクラシックを活用せずともである。

それは戦前の日本の作家が教養の土台として古典や漢文が根底にあったのと同様の発想である。実力の根底に変化を期待できる。生涯の道として音楽を探求される方には必須に近いかも知れない。

ギリシャ以前の余談

クラシックは古代ギリシャに端を発すると記述したが、ピタゴラスなどの音楽探求はバビロニアなどからの影響もある。音楽は知らないが、プラトンは著作にて伝説のアトランティスについて触れており、文化や社会の発展した国であったというから音楽文化もあったのだろう。実在したとするなら音楽的な文化の波及があった可能性もある。

※アトランティス
アトランティスは一説によると12000年前に大西洋に沈んだとされる巨大な島である。その子孫がエジプトを作り上げたという話もある。エジプトは、文明の端緒からして、文字や様々な高度な技術を備えた文明であった。電池や電球すら使っていたとも言われる。

蛇足ながら、バビロニアに関しては、面白い話がある。昨今は、NHK大河ドラマの影響で源義経がクローズアップされている。実は、この義経が幼少期に修した武術の一つが古代バビロニアのカルデラ王国に由来する。玉虎流(鞍馬流ともいう)という流派にて、その古伝が伝えられている。神武天皇の御世に、バビロニアから来訪した術者により伝わったという。あまりにも有名な話なので、大半の読者は御存知だろう。

著者のオカルト記述について

筆者はしばしばオカルト方面などに関する記述も行っているが、その問い合わせを受けたので解説を付しておく。

ブラック・サバスを代表とする、メタル・バンドの多くはしばしばオカルトや神秘主義などに本人自身が傾倒していたり、作品のモチーフとしていたりする。まず以ってギーザー・バトラーにとっては一般常識的な知識なのだ。

メタルのみならず、別のジャンルの音楽や芸術全般に携わる人もこうした関心を持つ人は多い。芸術というものは全て内的な感受性に根幹があり、オカルトはまさにその無意識下に眠る直観という宝庫ヘの扉を開けるキー(鍵)の役割を果たす。それを芸術に携わる人間は本能で嗅ぎ取り、自分のアートへのヒントにしたり、糧としたりするのだろう。

つまり、筆者がオカルトの言及をする際には、読者がブラック・サバスや多くのメタルバンドへの深い理解への一助となる事、そして読者のアートの深化にも供したいという事にまず根拠が置かれている。それを念頭に御賞味して欲しい。

                                20054月 akira


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