アーティスト特集 第1弾 ブラック・サバス

第八回

ブラックサバス

『SEVENTH STAR』 『THE ETERNAL IDOL』期


19861月、『SEVENTH STAR~BLACK SABBATH featuring TONNY IOMMI』が上梓される。 UKランキング30位。

この作品は元々、トニー・アイオミのソロ・プロジェクトとして制作されていた。だが、レコード会社がブラックサバスの名義に拘り、featuring TONNY IOMMIという形で発表される事となる。アメリカのラジオ向けのリスナーを対象にしていたため、従来のサバス・ファンには違和感を生じさせる作品となった。

トニー・アイオミ本人は、自分がバンドの中心ではなくメンバーの一人としての位置が良かったと漏らす。だが、作業そのものは非常に面白いものであったということだ。

メンバー紹介

Vo.にグレン・ヒューズが迎えられる。この人物は、ディープ・パープル、トラピーズなどでベース兼ヴォーカリストとして活躍した事で有名である。非常にソウルフルな声の持ち主だ。

彼は、実はこの当時、とても精神状態が酷かった。歌えるような状況ではなかったとアイオミは語る。その原因は、ドラッグである。それでもレコーディングでは素晴らしい結果を残した。だがやはり身体が持たず、数回のライヴを経てレイ・ギランに取って代わられる事となった。ツアーは、その理由で不調に終わる。

bは、デイヴ“ザ・ビースト“スピッツ。アンスラックスのギタリストであるダン・スピッツの実兄。

Dsは、エリック・シンガー。元リタ・フォード・バンドの一員。つまりトニーの奥様であるリタの推薦によるものであろう。

Key。ジェフ・ニコルズ。『ヘヴン・アンド・ヘル』以来、アディショナル・メンバー的な立場にいた彼だが、今作で正式メンバーとして名を連ねるようになった。

前アルバムではDrを叩いた、オリジナルメンバーたるビル・ウォード氏のこの頃の状況を記す。彼は、70年代に既に薬物やアルコールの問題を抱えていた。脱退の原因もそれであったが、この頃もそれをまだ克服できずにいた。

当時、マスコミには脱退の原因を母親の問題だとか、病気だと偽っていたと本人は述懐する。精神状態は酷く錯乱しており、嘘を言っている事など自覚できなかった。この頃の数年間はベッドにいることが多かった。SEXやハイなフリをしてロッカーを演じていたそうだ。

1987年末、『エターナル・アイドル(THE ETERNAL IDOL)』 をリリース。

グレン・ヒューズの途中降板により、SEVENTH STARツアーは振るわず、メンバー達は早々にこのアルバムの制作に着手した。

この作品は様々な問題が重なり、レコーディングには時間がかかった。最初の問題は、プロデューサーのジェフ・グリッグスマンがデイヴ・スピッツのベースに不満を漏らし、既に完成していたベース・トラックを全て捨てて、ボブ・デイズリーのベースで録り直したことである。

そうして87年初頭には、完成したようにも思えた。だが、今度はジェフがレイ・ギランのヴォーカルに不服を言い渡したのである。レイは、この一言で脱退。やむなくアイオミは後任のシンガーを探しつつ、ギターのオーバー・ダブを進める。その後、ジェフが長期休暇をとってしまったため、またしてもレコーディングは中断される。

そのため、クリス・タンガリーディスにプロデュースを引き継いでもらい、トニー・マーティンをシンガーに決定した。だが、マネージメントとのトラブルやアイオミ自身の病気により、アルバムは結局87年末に完成した。

ツアーでは、メンバーにテリー・チャイムス(ds、元CLASHHANOI ROCKSCHERRY BOMBS)を加入させた。ベースには、デイヴ・スピッツを呼び戻すが、すぐに脱退。元ヴァージニア・ウルフのジョー・バートを入れることになる。

だが、アパルトヘイト政策で悪名高い南アフリカ共和国サンシティでコンサートを行ったことがヨーロッパでのマスコミの非難の的となり、コンサートのキャンセルが相次いだ。

振るわなかった原因の一つとしては、メンバーが確りと定着していなかった事も挙げられるだろう。上記2作品について言える事実である。次回からの作品には、日本でも人気が高い大物ドラマー、故コージー・パウエルの参加。それにより、再びブラック・サバスは息を吹き返す事となる。

                              20053月 akira


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